この話の先輩が、もしも彼だったら・・・的な話。



先輩の部屋が近付くにつれ、どんどんと緊張してしまう。
別にこれが初めてというわけではないのに。
先輩の部屋の前で一回深呼吸をして、出来る限り落ち着こうとした。

「・・・・・・し」
「入っておいで」
「!!?」

まだ何も言ってないのに、部屋にいる先輩には私が居ることが分かっているようだった。
流石は先輩だ。

「失礼します」
「いらっしゃい」

部屋に入ると、黒髪のとても綺麗な方が鏡の前でお化粧をされているところだった。
上品な柄の着物を纏ったその人が、私の方に顔を向けると結い上げられた髪を飾る簪からチリチリと微かな音が鳴った。

「・・・・・・・・・」
「?・・・あぁ、悪い。こんな格好で」
「あ、いえ、その久々知先輩、なんで・・・女装を?」

うっかり見惚れていると、先輩はいつもの優しい顔で笑っていた。

「明日、女装の実技テストがあるんだけど、先生がや・・・伝子さんなんだ」
「それは、・・・採点が厳しそうですね」
「そうなんだ。で、テストの前に改めて練習しようってなってね」
「・・・もしかして、他の先輩たちも?」
「あぁ、今頃自分の部屋でやってるんじゃないかな」

そうやって話しながらもお化粧をしていく先輩の姿は、本当に男の人なのか信じられなくなりそうなほど綺麗だ。

「そういえば、用事はなんだったっけ?」
「あ、はい。この間お借りした本を返しに・・・」
「ああ・・・そこに置いといてくれるかな」

本を置いて、また先輩を見ると今度は薬指で溶いた紅を唇に乗せているところだった。
唇を彩る鮮やかな赤色がとても印象的だ。

「・・・・・・・・・」
「・・・。こっちおいで」

おいでおいで、と手招きをする先輩に誘われて近付くと、座るように言われる。
言われた通り座ると、先輩の左手が伸びてきて顎に添えられた。

「く、くくち・・・せんぱい?」
「ちょっと、大人しくしてて」

先輩はフッと笑うと、紅の付いた薬指で私の唇をなぞっていく。

「ほら、これでお揃いだ」
「あ、あの」
「あぁ、でも・・・君にはちょっと赤すぎたかな」

顎に左手が添えられたまま、先輩の大きな瞳がまじまじと唇を見ていた。
いつもより近くにある顔に、何故だか先輩からされる口吸いのことを思い出してしまった。

「・・・セ、先輩!!」
「ん?」
「こ、これから、委員会が・・・ある、ので・・・」
「ああ、そうか」

するりと左手は離れていき、私は部屋を出るため立ち上がろうとした。
それよりも一瞬早く、右腕を掴まれると先輩の顔がさらに近付いて触れるだけの口吸いをされた。

「委員会頑張っておいで」
「・・・・・・はい」

先輩の部屋から出るとそのまま逃げるように走って委員会に向かった。
途中でくのタマの先輩とすれ違ったけれど、きちんと挨拶をする余裕もなく忍タマ長屋を後にした。
まだドキドキとうるさい胸が、痛くて痛くて苦しい。



「おーい、兵助」

聞きなれた低い声と共に開けられた戸に目をやる。

「なんだ?八左ヱ門」

髪を結い上げ、着物を纏った八左ヱ門が呆れたようにこちらを見ていた。

「さっき、廊下でお前がいつも構ってるくのタマとすれ違ったんだが」
「あぁ、これから委員会だと言っていたな」
「・・・お前、何かしたのか?」
「・・・」
「顔真っ赤にして、眼に涙溜めて、今にも泣きそうだったぞ」

あぁ、やっぱり。
少しやり過ぎたかもしれない、とは思っていた。
別に泣かせたいわけじゃないのになぁ。

「兵助?」
「・・・なぁ、八左ヱ門」
「ん?」
「俺はやはり、手放せそうにないらしい」
「・・・そうかよ」

あの時、頬を可愛らしく染めているあの子に今何かしたら、きっと泣かせてしまうと分かっていたのに。
赤い紅をつけた唇のあの子が、恐ろしく可愛くて。
自分と同じ紅をつけたあの子が、ひどく扇情的で。

泣かせてしまうと分かっていたのに、自分の衝動が抑えきれなかった。
それでも手放す気がさらさら無くなってしまった自分はなんとひどい奴なんだろう。


「ところで」
「何だ?」
「化粧が濃すぎる」
「そうか?」
「そうだ。それじゃあ町娘じゃなくて花魁だ」

しっかりと綺麗に女装は出来ているのに、化粧が濃くなるのが八左ヱ門の悪い点だ。










2012.5.12 浹
2012.7.29 加筆修正





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