こんなにもドキドキしてしまうのは、きっとコレの所為。
だから、いつもとは違う感じ方をしているんだ。
うすべに
先輩の部屋が近付くにつれて、どんどんと緊張してしまう。
別にこれが初めてというわけではないのに。
先輩の部屋の前で一回深呼吸をして、出来る限り落ち着こうとした。
「か。入っといで」
「え!?・・・あ、はい!!」
まだ名乗ってもないのに先輩は私が居ることに気付いていたようだった。
流石、先輩はすごいなぁ、なんて思いながら戸に手を掛ける。
「し、失礼します!!」
「いらっしゃい」
部屋に入ると、先輩が鏡に向かってお化粧をされているところだった。
上品な柄の着物を纏った先輩が私の方に顔を向けると、綺麗に結われた髪に飾られた簪がちりちりと微かに音をたてた。
「・・・・・・」
「ん?あぁ、悪いね。こんな恰好のままで」
「え、あ、いえ。お出掛け、されるんですか?」
「ん〜、まぁそんなところかな?」
「そんな、ところ?」
「・・・実は、逢引」
「え?・・・え?えぇ!?」
今まで先輩の、そう言った噂とか聞いたこと無かったけれど。
いや、でも、先輩は綺麗で素敵な方だから、そういう方がいない方が不自然・・・なのかも?
「って言うのは冗談」
「え?」
「ふふ、は本当に反応がいいね」
「ど、どういう意味ですか!?」
褒めてるんだからそんなに怒らないで、と先輩はくすくす笑いながら言った。
全然褒められてる気がしないです、先輩。
「それで、用事はなんだったのかな?」
「は、はい。この間お借りした本を返しに・・・」
「そう。あそこに置いといてくれる?」
「はい。この本、兵法の事がすごく解りやすかったです」
それは良かった、と先輩は言って、薬指で溶いた紅を唇に乗せていった。
唇に塗られていく色鮮やかな赤がひどく印象的で、目を離せないままでいた。
「・・・・・・」
「・・・。、こっちにおいで」
おいでおいで、と手招きをする先輩に誘われて近付くと、座るように言われた。
先輩は先程のとは違う色の紅が塗られた紅皿を持ち、小指で溶きながら私の方に体を向けた。
赤い唇が三日月形に弧を描いている。
「先輩?」
「これくらいなら、君にも似合うと思うよ?」
紅皿を置いた左手がスッと私の方に伸びてきて、顎に添えられた。
惚けている間に、先輩の小指が唇をなぞっていく。
くすぐったくて目を瞑ると、ふっ、と笑う気配がした。
「はい、出来上がり。良いことが起きる呪いだよ」
「・・・あ、ありがとうございます」
「あんまり触ると紅が落ちてしまうよ?」
「き、気を付けます」
唇を触りそうになった私に、先輩はクスクスと笑いながらそう言った。
先輩の部屋を後にした私は委員会に向かった。
先程まで紅を付けられたことで感じていた唇の違和感はほとんど気にならなくなっていた。
「遅いぞ、」
「え、あ・・・ごめん」
医務室の戸を開けると、すでに同じ保健委員の川西くんが居た。
「あれ?新野先生は?」
「学園長先生に呼ばれて、庵の方に。そう掛からずに戻ってくるとは思うけど」
「そう。で、今日は何をするの?」
「新野先生と伊作先輩が煎じた薬を一回分ずつに分けて棚に仕舞う」
「分かったわ」
暫く作業をしていると、ふと視線を感じた。
顔を上げると川西くんが、じっとこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「・・・いや、なんか・・・いつもと違う気がしたから」
「違う?・・・あ」
「ん?」
「さっき先輩に付けてもらった紅の所為かも」
「ふうん」
「・・・やっぱり、おかしい、かな?」
いつもしていない紅を付けているから、何かおかしいのかもしれない。
私だって先輩みたいになれるかもしれない、なんて少し浮かれていた自分が恥ずかしい。
「・・・別に」
「え?」
「別に、おかしくない、し・・・悪くない、じゃないか」
それだけ言うと川西くんは下を向いて黙々と作業を再開した。
私も作業を再開したけれど、言われたことが少しだけ、ほんの少しだけ、すごく嬉しくて。
胸の辺りがうるさい位にざわついて仕方なかった。
2012.7.29 浹
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