やっぱりこれは無謀だったかもしれない。
そう思い始めた時には、もう倉石の家が見えた頃だった。
ホールとショート
「よう。ま、入れよ」
「・・・お邪魔します」
チャイムを鳴らすと、すぐに倉石が出てきて中に招いてくれた。
入ると甘い匂いが漂っていた。
「とりあえずどっか適当に座ってて」
「・・・うん」
私はいつもみたいにソファに腰掛けた。
「飲み物入れるけど、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「・・・」
「おーい」
「え?」
「飲み物。コーヒーと紅茶、どっち?」
「え、あぁ・・・倉石に任せる」
「オーケー」
この後のことを考えてしまっていたら、キッチンから話し掛けた倉石の声に全く気付けなかった。
コーヒーと紅茶のことよりも、どうやってコレを倉石に渡せばいいか、そのことばかり考えていた。
いくら考えても良い案なんて全く出てこなかったが。
「おまちど」
私の前にティーカップに入れられた紅茶が出された。
紅茶のいい香りが嗅覚を刺激する。
「それと、これも」
そう言いながら、倉石は一枚の皿を私の前に置いた。
「・・・倉石。これ、は・・・」
「春の新作ケーキの試作品。また試食して、感想を聞かせてほしい」
試作品と言われたそれは、本当に美味しそうで綺麗なショートケーキだった。
こんなのが出てきてしまったら、どうやったってコレを出すなんてこと出来るわけがない。
「・・・食べないのか?」
「あ、いや」
「これはベリーを使ったレアチーズだから、お前好みかと思ったんだが」
「・・・見た目があんまり綺麗だから、フォーク入れるのが勿体なかったんだよ」
「そりゃ、どーも。でも食べないと味が分かんないだろ」
見た目が綺麗、と言ったのが嬉しかったのか倉石は笑っていた。
「いただきます」
「・・・そう言えば、さっきから気になってたんだけど」
私がケーキにフォークを入れたところで、ぽつりと倉石が呟いた。
「なに?」
「その紙袋って、何なの?」
「え?」
「結構大事そうに持ってたけど、・・・もしかして俺に、だったりする?」
疑問形になってはいるが、確信を持って聞いてきている。
「今日は俺の誕生日だから、来てくれたんだろ?」
「・・・」
「その中身、俺へのプレゼントで間違ってないよな?」
「・・・渡せない」
「なんで?」
「・・・」
訳が分からない、と言いたそうな顔をして私の返答を待っている。
「・・・・・・ケーキ、だから」
「は?」
沈黙に耐えられなくなった私は思い切って言ってしまった。
「確かに倉石にって作ったケーキだけど、こんな綺麗で美味しそうなケーキを出されたら、渡せないよ」
だいたい、本職のパティシエに手作りのケーキをプレゼントすること自体間違っていたんだ。
「・・・へぇ」
「あ、ダメ!!」
言ってしまった、と思っていると倉石が紙袋に手を伸ばしてきた。
そして、私が制止するのも聞かず袋に入れていた箱を取り出してしまった。
「開けるからな」
どうせ開けるなと言ったところで聞き入れてはくれないので、黙って見ていることにした。
箱の中から然程大きくはないホールケーキが出された。
「旨そうじゃん」
ケーキをテーブルに置いて、倉石はキッチンへ向かっていった。
すぐに戻ってきた倉石の手にはフォークが握られていた。
「いただきます」
「・・・」
「・・・ん。なんだ、スゲー旨いよこれ」
ケーキを一口食べて、フッと笑いながら私にそう言った。
「・・・うそ」
「本当だって!!ほら、お前も食べてみろよ」
「じ、自分で作ったやつだから、味は分かるよ!!」
フォークに一口分乗せて差し出した倉石に必要ないと伝えれば、そうか、と言ってそのまま自分の口へと運んだ。
「本当に美味しいよ」
「ねぇ、倉石」
「ん?」
「・・・お誕生日おめでとう」
「おう、ありがとな」
なんだかくすぐったくて、それを誤魔化すように笑った。
私は倉石の作ったケーキを、倉石は私の作ったケーキを食べながら、いつもみたいにお喋りを始めた。
2012.3.25 浹
2012.7.29 加筆修正
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