サァサァと降る雨を傘で受ける。
雨が傘に当たる音だけが、心地よく響いていた。
相合傘
休日を利用して、町に買い物に行った帰り道。
学園を出た頃はあんなに晴れていたのに、今はすっかり雨模様。
たまたま、新しい傘を買っていたから良かったが、そうでなければ今頃びしょ濡れになっていただろう。
そんなことを考えながら歩いていると、少し先の木の下にいる雷蔵を見つけた。
こちらには気付かずに、何やら悩んでいる様子だった。
「ら〜いぞ〜?」
「っ!!?」
随分と悩み込んでいたのか、声を掛けたら物凄く驚かれた。
「え??・・・びっくりした。気配消して話しかけるのはやめてよ」
「失礼な!!ちょっと静かに近づいて声を掛けただけじゃない」
「・・・」
何も間違ったことは言っていないのに、何故か雷蔵は何かを言いたげにこちらを見てきた。
「なに?」
「・・・なんでもない」
「そう?」
「ところで、はなんでここに?」
「町で買い物して、その帰り。雷蔵は?」
これは、雷蔵を見つけた時から気になっていた。
「実は、学園長先生のお使いで金楽寺に行ったんだ」
「へぇ」
「けど、帰る途中で雨に降られちゃって、ここで雨宿りしてたんだ。でも中々止まなくてさ」
「・・・う、うん」
「それで止むまでここで待つか、それとも走って学園に戻るかで迷っちゃって」
「・・・」
あははは、といつものように笑う雷蔵。
この雨が降り出して、もう彼此半刻は経っているのだが。
雷蔵の迷い癖がひどいのはいつも通りなので、何も言わないことにしよう。
「ふぅ、仕方ないね」
「ん?」
「そんな迷い中の雷蔵くんに、三つ目の選択肢をあげよう」
「三つ目?」
不思議そうな顔をする雷蔵に、私は持っている傘を差し出す。
「選択肢その三、私の傘に入って一緒に学園に帰る」
そう言うと、雷蔵はふんわりとした笑顔を見せた。
「それはすごくいい、名案だ」
その笑顔に思わずどきりとしていると、雷蔵は私の手から傘を取った。
「あ、」
「じゃあ、行こうか」
うん、と返事をして雷蔵の隣を歩く。
私が両手で持っていた傘を、雷蔵は軽々と片手で持つ。
あぁ、やっぱり男の子なんだなぁ、と思う。
「?」
ぼんやりとしていると、雷蔵が此方を覗き込んできた。
「っ!?な、なんでもない!!」
どうにか返事をすれば、雷蔵は視線を前に戻した。
雷蔵に声を掛けられて、はたと気が付いてしまった。
今の、この状態に。
・・・距離が、近い。すごく、近い。
一つの傘に二人が入っているのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
あと少しで肩が触れてしまうくらい、その位雷蔵が近い。
今頃になって、どうしようもなく動揺してしまっている。
最近は実習とかあって、あまり会ってなかったから余計に、だ。
暫く、お互い何も喋らずに道を歩いていた。
微妙に気まずい沈黙に耐えかねて、何か話さなければ、と思った。
何か話すことはないかと探していると、先程より雨の勢いが弱くなっていることに気付いた。
「あ、雨!!なんか、さっきより、よ、弱くなってきたね」
「・・・そうだね」
「も、もうすぐ、止むのかな?早く、止むといいね」
「そう?」
「・・・え?」
「僕は、まだ止んでほしくないな」
そう言いながら、雷蔵は空を見上げた。
「雨が降っていれば、こうやっての近くに居られる」
雷蔵の言葉に胸の辺りが苦しくなって、思わず下を向いた。
そこで、私は自分の左腕が全く濡れていないことに漸く気が付いた。
「ちょ、ちょっと雷蔵!!」
「なに?」
「なに?じゃないよ。傘がこっちに来すぎてる」
「そんなことないよ」
「そんなことある。雷蔵の右肩、濡れてるじゃない」
当然と言えば当然のこと。
私が濡れていないのだから、その分雷蔵の体が傘から出ていたことになる。
雷蔵の右肩はすっかり濡れてしまって、着物の色が左肩とは別物になっていた。
「大丈夫だよ、このくらい」
「大丈夫じゃない。風邪でもひいたら・・・」
「風邪なんてひかない。それに」
「それに?」
雷蔵が私の方を向いて、砂糖菓子みたいな笑顔を見せて言う。
「それに、これは僕がしたくてしてることだから。いくらが何を言ったって譲らないから」
だからもう何を言っても無駄だよ、と。
こうなってしまうと絶対に雷蔵は折れない、ということを私は知っている。
「?」
だから私は諦めて、少し右に寄って歩くことにした。
肩が触れる感覚に逃げ出したくなるけれど、少しでも雷蔵が濡れるのが減ればと思った。
「・・・少し歩きづらいの位は、我慢、してよね」
「・・・」
「元はと言えば、雷蔵が悪いんだから」
「うん」
「学園に着いたら、すぐ着替えて食堂でお茶にするの」
「うん」
「私、町でお団子買ってきたから、皆で食べよう」
「それはいいね」
「雷蔵がちゃんと4人を連れてくるんだよ?」
「うん、分かった」
私と雷蔵は、取留めのない話を続けながら学園への道を歩いた。
その間も雨は止むことなく降り、傘に当たってはポツポツと音をたてていた。
私は早く着いてほしいような、まだこのままでいたいような、不思議な気持ちを感じていた。
2012.2.12 浹
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