漸く日直の仕事が終わった頃には、もう太陽が半分程沈んでいた。
何故今日に限って、明日のプリントの準備を押し付けられてしまったのか。
お蔭ですっかり遅くなってしまった。

「・・・さて、帰りますか」

独り言を呟いて、カバンを掴んだ。
少し重たいカバンの中には、バレンタインのお返しという手作りのお菓子が入っている。
とはいえ、それをくれた子たちはバレンタインにも手作りのお菓子をくれた子たちなのだが。
このあたりが私と彼女たちの女子力の差、というのだろうか。

「わっ!?」
「・・・まだ、帰ってなかったんだな」
「卓?」

帰ろうと教室の戸に手を掛ける寸前、勝手に開いた。
予想外のことだったので思わず声を出してしまったが、相手の方は特に驚いてはいなかった。
少し顔を上げれば、幼馴染の卓が立っていた。
クラスが違うから日中はあまり会わないが、ばかデカい彼の家がご近所なので朝はよく一緒だったりする。

「・・・おはよう、って言おうか?」
「今更過ぎるだろ」

ハァ、と卓が溜息を吐いた。
言いたいことは分かるけれど、今日はまだおはようと言ってない。
朝は私が日直で早めに家を出たから会ってなかったし。

「・・・コレ、やるよ」
「わっ、・・・っと」

卓から投げるように渡されたものを落とさずにキャッチする。
これが人にものを渡す渡し方か?と思いながら掴んだものに目をやる。

「これは?」
「・・・今日は、ホワイトデー、だから」
「・・・へぇ」

なるほど、つまりお返し、というわけか。

「で、これは誰が選んだの?奏ちゃん?」
「あ?」

卓から渡されたものは、ハンドクリームだった。
いい匂いのする、ちょっとおしゃれな、女の子に人気のメーカーのだ。
こんなものを卓が一人で選べたとは思えない。

「毎年毎年、お返しにホワイトデー用に売ってるお菓子だったじゃん」
「・・・奏だよ。奏がお前にはこういうのがいいって」
「フフ、そっか・・・フフ」
「何笑ってるんだよ」

どうしたって笑えてしまう。
奏ちゃんは重度の夜行性だから、これを買ったのは卓で間違いないはず。
女性客ばかりの売り場に一人で入って、これを選んで、会計でラッピングを頼む。
そんな彼の姿が容易に想像できてしまって、笑えてしまう。
嬉しくて、笑えてしまうのだ。

「ありがとね、卓」
「ああ・・・っ!!」
「どうしたの?」
「・・・い、いや・・・なんでもない」

なんだか卓の表情が険しくなった気がする。
それでもはっきりとは分からず、なんでもないと言われて何も言えなかった。

「それより、お前はもう帰るんだろ」
「え、あ、うん。卓も帰るでしょ?一緒に・・・」
「いや、・・・俺はまだ用があるから」

用ってなんだろ?
もうこんなに遅いのに、まだ学校に用があるの?
もしかして・・・。

口に出してしまいそうになったものを、必死に抑え込んだ。
今日だけは、今日だけは嬉しい気持ちのままでいたい。
卓が私にプレゼントをくれた、このことにまだ浸っていたい。

「じゃぁ、帰るね」
「お前さ」
「うん?」
「あんまり遅くまで、学校に残るんじゃねぇよ。・・・危ないだろ」
「・・・ありがと」
「気を付けて帰れよ」
「うん、じゃあね」

卓の横を通って、教室から出る。
廊下を歩きながらモヤモヤとしたものを奥へ奥へと追いやる。
貰ったハンドクリームを胸の辺りで握りしめると、また嬉しさが込み上げてきて笑えてきた。
その嬉しさを噛み締めながら、私は家路に着いた。


だから、私は知らなかった。
あの後卓が何をしていたのかを。





  ラグーンエンジン 卓からお返し










2012.3.14 浹





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