結局、私は渡すことが出来なかった。
多くの鬼女たちが競うようにして鬼灯さまにチョコを渡すのを、遠くから見ていただけだった。
賄賂の件もあるし、渡せないだろうと思っていたけれど、もしかしたらとも思っていた。
「・・・はぁ」
綺麗に飾り立てた箱を手に取って溜息を吐いた。
ダメ元で持ってきたこの箱を、あの時他の鬼女たちに交じって渡せば、一応は鬼灯さまに届いたのだろうか。
でも、それでは他のと一緒くたにされそうで、嫌だった。
ほんの少し一緒に仕事をする機会があるだけで、名前を憶えてもらえているかさえ怪しいのに。
「豆なら、当てられたのになぁ」
皆が亡者や意中の相手に豆を投げつけている中、私は思い切って鬼灯さまに豆を投げてみた。
鬼灯さまや、鬼灯さまに豆を当てようかと様子を見ている鬼女たちに気付かれないようにこっそりと。
どうしてそんなことが出来たのか自分でも解らないけれど、多分誰にも気づかれていなかった。
その後私はすぐに亡者に豆を投げつけながら、その場を離れた。
近くに居たら、もしかしたら気付かれてしまうかもしれないと思ったから。
「あの時の勇気というか、勢いみたいなのがまだ残っていれば良かったのに」
今更、そんなことを言っても仕方がない。
あの時はきっと、周りの雰囲気に飲まれていたんだ。
仕事に戻らないと、と思いつつも手に持っている箱を見て、また溜息が出そうになった。
「どうしたんですか?」
「!!?」
後ろから声を掛けられて、慌てて手に持っていたものを隠して振り向くと、そこに鬼灯さまが立っていた。
「こんなところで、何をしているんですか?」
「あ・・・いえ、別に・・・」
「もうすぐ、業務時間になりますよ」
「あ、はい、もう戻ります」
「それならいいんですが」
「・・・あの!!」
「はい?」
「今日の行事、なんかちょっと楽しかったです」
渡せなかったことは、もうすっぱり諦めよう。
こうして少しでも話せただけで、今日はもう幸せだ。
「それは良かったです」
そう言った鬼灯さまの表情がとても柔らかい気がした。
私が惚けているのを余所に、そうそうと鬼灯さまが何かを取り出した。
「この間現世の視察に行った時に見付けたのですが」
「・・・?」
「現世ではこういうのもあるんですよ」
そう言って手渡されたのは、赤いパッケージに鏡文字が書かれたチョコだった。
「え?」
「逆チョコといって、男性から女性に贈るというのもあるそうです」
「え、えと」
「折角なので貴女にあげますよ」
「・・・」
なにがなんだか分からない呆然としていると、ひと月後に三倍返しで良いですよ、と言って鬼灯さまは歩き出した。
これは、つまり、現世でいう逆チョコを鬼灯さまから頂いたのだろうか。
いや、でも、もしかしたら、単に物珍しいものを見付けたから、というだけかもしれない。
どう取ればいいのかうんうんと悩んでいる私に、また鬼灯さまが声を掛けた。
「あぁ、そうだ。言い忘れていましたが」
「は、はい」
「コレのお返しはひと月後になりますが、良いですよね」
その手には先程の行事で使われていた豆が一粒、確かにあった。
「っ!!・・・あの!!」
もし、このまま後を追いかけて、この渡せなかった箱を今渡したら。
もしかしたら、受け取ってもらえたりするのだろうか。
鬼灯の冷徹 鬼灯さまから逆チョコ
2012.2.14 浹
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